2017年10月1日 更新

イングリッシュ・ガーデンを巡る旅~ハンプトンコート・パレスを訪ねて~

ロンドン中心地からも行き来しやすい場所にあるハンプトンコート・パレス。ロンドンでの主要観光名所にもなっている場所ですが、こちらには一日かけて楽しめる広大なガーデンがあります。長い歴史を持ち、さまざまな異なるガーデンを眺める事の出来るハンプトンコート・パレスのレポートをお届けします!

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イギリスの郊外にあるガーデンは、最寄駅から離れている事が多いのですが、ハンプトンコート・パレスは駅のすぐそば、という嬉しい立地にあります。

最寄り駅であるハンプトンコート駅を降りてすぐ右手に、テムズ川が目に入ります。テムズ川を渡る橋の途中でパレスの一部分が見えてきて、期待に胸がワクワク。
駅から僅か10分もかからず到着出来る、とても便利なエリアにあるのです。

駅にあるハンプトンコート・パレスの場所を指す看板には各国の言葉で説明があり、もちろん日本語の案内も。
世界各国から、たくさんの観光客の方が訪れているのが分かります。
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門を入ると左手にチケットオフィスとショップがあり、こちらでチケットやガイドブックなどを購入出来ます。

チケットは滞在場所や予約方法によって料金が変わるので、最後にご紹介しているウェブサイトで、事前に調べておくのをおすすめします。

滞在した際チケットオフィスのスタッフの方に、ガーデンの写真を上から撮りたい、あるいはどこの場所ならガーデンが良く見えるか、などを質問すると、内部の地図とともに非常に細かく説明をして頂きました。

とても親切に、そしてすごく丁寧に答えて下さって感動でした。パレス内部やガーデンでの滞在場所についてなど、質問があったら是非スタッフの方に聞いてみましょう!

ハンプトンコート・パレスとは

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ハンプトンコート・パレスは、12世紀半ばよりエルサレムの聖ヨハネ騎士団の荘園として使われていましたが、16世紀になるとヘンリー7世の侍従長であったサー・ジャイルズ・ドウブニ―の住居となっていました。

その後の1514年、ハンプトンコート・パレスはヨーク大司教であり、王の主任行使として、実質的に政治と教会のどちらもを手中に収めていたと言われる、トーマス・ウルジーの手に渡ります。

ウルジーは7年の歳月をかけ、ハンプトンコート・パレスの基礎を作り上げました。その壮大さは当時英国一とも呼ばれていたそうです。
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トーマス・ウルジーを目にかけていたヘンリー8世は、6人の后を持った王としてもその名を知られていますが、この壮大なハンプトンコート・パレスを持った事で、ウルジーに嫉妬していたと言われています。

また、ヘンリー8世はその当時の妻、キャサリン・オブ・アラゴンと別れ、アン・ブーリンを妻に迎える為に離婚調停を申し立てていたのですが、この承認を得られなかった為に王からの信頼が揺らぎつつあったのを感じ、1525年、トーマス・ウルジーはハンプトンコート・パレスを王に差し出します。
しかしその甲斐もなく1529年、離婚調停が上手くいかないままヘンリー8世、そしてアン・ブーリンの怒りを買い、ウルジーは大法官の職を奪われ、全ての官位、財産をも没収され、失脚してしまいます。
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ハンプトンコート・パレスを手にしたヘンリー8世は宮殿を改装し、大ホールとロイヤルテニスコートを付け加えています。

その後、共同政治を行ったウィリアム3世とメアリー2世の時代にはヘンリー8世が建てた建物を大ホールを残して取り壊し、その時代の流行りであったバロック様式の巨大な宮殿に建て替える計画を立てました。
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南側に建てられた新しい練は、セント・ポール大聖堂の再建でもその名を広く知られているクリストファー・レンが監督したものとなります。
しかし1694年、メアリー2世が天然痘のためケンジントン・パレスで死去すると、ウィリアム3世は改装工事の意欲をなくしてしまいます。
また、ウィリアム3世もハンプトンコートでの落馬が原因で命を落としてしまいます。
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この記事を書いたひと

Hazuki Akiyoshi Hazuki Akiyoshi