秋の七草で古き日本の風情を楽しもう

日本で古くから愛されてきた秋の七草。現代の花と比べると決して派手さはありませんが、どこか心に染み入るものがありますよね。万葉集から当時の日本の秋の風情を読み解いていきましょう。

秋の七草とは?

日本の秋を感じるものとして古くから愛されてきた秋の七草。今回はその秋の七草を通して古(いにしえ)の秋の風情とはどんなものだったかを考えてみたいと思います。

そもそも秋の七草とはどんな植物で、いつごろから言われ始めたのでしょうか?一番古い記述と思われるものが万葉集にあります。

秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花 ・・・ 万葉集 巻8 1537 

山上憶良が詠んだ有名な歌ですね。秋の野原に咲いている花を指折り数えてみれば7種類の花があるという内容で、これが秋の七草の始まりなんです。

ではその7種類の花とは何なのでしょうか?これについても山上憶良が詠んでいます。

萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花 ・・・ 万葉集 巻8 1538

すなわち、萩の花、尾花、葛の花、ナデシコの花、オミナエシ、フジバカマ、朝顔の花ということなんです。尾花というのは今で言うススキですね。最後の朝顔の花というのは、今のアサガオではなく桔梗です。同じ名前なのに現代とこの歌が詠まれた奈良時代初期とでは全く違う植物をさすというのは驚きですね。

春の七草との違い

一般的には七草と言えば、秋の七草よりは春の七草が頭に浮かんでくる人の方が多いんじゃないでしょうか?

春の七草も非常に歴史が古いものです。記録に残っているものでは、室町時代に左大臣、四辻善成が書いた源氏物語の注釈書「河海抄(かかいしょう」の中で「せりなずな 御形はこべら 仏の座 すずなすずしろ これぞ七草」と詠んでいるものがあります。七草とはセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ(カブ)、スズシロ(大根)だということですね。

春の七草と言えば、七草粥!正月7日にその年の無病息災を祈って七草粥を食べる習慣は現在でも年中行事として残ってますが、元々は平安時代に貴族の間で始まったもの。それが江戸時代になって一般民衆に広まったとか。

一方で秋の七草はどうでしょうか?そもそも秋の七草の七草粥なんて聞いたことがありません。実際に萩は茎が固くて噛み切れないですし、ススキの葉は口の中を切ります。かろうじて葛は食用に適してますが、ナデシコはカワラナデシコなら大丈夫ですが他の品種は有毒です。オミナエシは臭いがきつく、フジバカマとキキョウも有毒成分を含みます。とても七草粥なんて作れるものじゃないです。

万葉集に見る秋の七草の世界観

食のためとか年中行事ではないとすると秋の七草とは何のためのものなのでしょうか?

それは最初に紹介した歌「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花」の中に込められていると思うんです。この歌、なんとなく秋の野に出て見つけた花々に心が高揚している様子が見えてきませんか?

何故心が高揚するんでしょう?それには先ず秋の七草の花々が一斉に咲く時期というものを調べる必要があります。

秋の七草の全てが咲き揃う時期を調べてみると9月下旬~10月いっぱいとなるみたいですね。最近の研究では奈良時代や平安時代は、現代以上に気温が高かったようなんです。実際、当時の貴族の家は柱だけで壁がありませんでした。なのでひょっとしたら10月に入ってから11月の初頭ぐらいの間だったかもしれませんね。通常、立冬が現代の暦で11月8日頃。感じとしては冬になる直前に一斉に咲いているんでしょうか?

その時期ともなれば朝晩も冷え込み、やがてやって来る厳しい冬の足音が聞こえてきます。そんな時期に見た野の花たち。現代の花と比べると決して派手さはありませんが、山上憶良を始めとする当時の人達は、ひっそりと咲く花々の無垢な姿に心に染み入る何かを感じたのではないでしょうか?

それでは秋の七草の一つ一つの花を歌を交えながら見ていきましょう。

萩の花

マメ科の落葉低木であるハギは、初夏から10月いっぱい赤紫色の小さな蝶形花をたくさんつける植物です。野山などで比較的簡単に見られます。


さ雄鹿の朝立つ野辺の秋萩に玉と見るまで置ける白露 ・・・ 万葉集 巻8 1598

明日香川行き廻る岡の秋萩は今日降る雨に散りか過ぎなむ ・・・ 万葉集 巻8 1557

秋萩の咲たる野辺にさを鹿は散らまく惜しみ鳴き行くものを ・・・ 万葉集 巻10 2155


さすが山上憶良が一番最初に持ってきた植物だけあって万葉集では秋の七草の中で萩を詠んだ歌が断トツで多く、その数は何と142首!花の最盛期が収穫の時期と重なることから豊穣の秋を思い起こさせる植物として、また女性を表すものとして人恋しさや、露や月などともに美しくてどことなく寂しげな秋の風情をより引き立てるものとして歌に詠まれています。

尾花

尾花とはススキのことです。これは今でも野原でよく見られるイネ科の多年草ですね。お月見には欠かせない植物という印象です。


人皆は萩を秋と言ふよし我れは尾花が末を秋とは言はむ ・・・ 万葉集 巻10 2110

秋の野の尾花が末の生ひ靡き心は妹に寄りにけるかも ・・・ 万葉集 巻10 2242

道の辺の尾花が下の思ひ草今さらさらに何をか思はむ ・・・ 万葉集 巻10 2270


ススキは万葉集では尾花のほかに「花すすき」「草(かや)」「み草」という言葉で詠まれています。風にそよぐ様子に秋を感じてるのは今も変わりませんね。これは幽玄さや侘び寂びの世界にも繋がっています。

葛花

葛花とはクズのこと。マメ科のつる性の多年草です。非常に繁殖力が強い植物で、放っておくと野山の平地や木々がクズで覆い尽くすされてしまうほど。古くからクズの根から葛粉を取ったり葛根という生薬を作ったりしていました。夏から秋にかけて房状の花が咲き、香りもいいです。クズという名前は大和国の国栖(くず)から来たとか。


真葛原靡く秋風吹くごとに阿太の大野の萩の花散る ・・・ 万葉集 巻10 2096

我が宿の葛葉日に異に色づきぬ来まさぬ君は何心ぞも ・・・ 万葉集 巻10 2295


万葉集では一面のクズの葉が風で裏返った様子が白波のようだとか、葉が紅葉していく様子などが綴られてます。厄介な面もある植物ですが、古の人々は一面に広がったクズの葉に美を見いだし風情を感じたんですね。

なでしこの花

秋の七草のなでしこは、当時から日本に自生していたカワラナデシコだと推測されます。ナデシコ科の多年草で、夏から秋にかけてが花の時期。ピンクや白の花があり、花びらの先端に細かく切れ込みがあるのが特徴です。


秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも ・・・ 万葉集 巻3 464

なでしこが花見るごとに娘子らが笑まひのにほひ思ほゆるかも ・・・ 万葉集 巻18 4114


万葉集の後の時代である平安時代には「大和撫子」なる言葉が出てきているくらいですから、なでしこの花がそのまま愛する人(女性・女の子)のイメージなのでしょうか?花とともに思いを綴った歌が多いです。

をみなへし

をみなえしはオミナエシのこと。オミナエシ科の多年草です。私が子どもの頃は日当たりのいい野原で本当によく見かけましたが、最近は数が減ってきているようです。全草を乾燥させたものや花を乾燥させたものを生薬として使います。


我が里に今咲く花のをみなへし堪へぬ心になほ恋ひにけり ・・・ 万葉集 巻10 2279

をみなへし咲きたる野辺を行き廻り君を思ひ出た廻り来ぬ ・・・ 万葉集 巻17 3944


をみなえしは万葉集の原文にはいずれもをみなえしという読みで「佳人部為」「美人部師」などとも表記されています。きっと美しい女性の代名詞だったんでしょうね。想いを寄せる女性になぞらえて詠んだ歌が目立ちます。

藤袴

フジバカマはキク科の多年草です。夏から秋にかけて薄いピンク~藤色の花を咲かせます。この植物はアルカロイド系の毒を持ちますが乾燥させると香りがいいことから、焚いて衣服に香りを付けたり匂い袋にして利用していました。


なに人か来てぬぎかけし藤袴来る秋ごとに野辺をにほはす ・・・ 古今和歌集

秋風にほころびぬらし藤袴つづりさせてふきりぎりす鳴く ・・・ 古今和歌集


藤袴を詠った歌は、万葉集には冒頭で紹介した2首しかありませんが、平安時代になると藤袴の香りからそれを身にまとっていた女性を連想する歌が数多く出てきます。藤袴は、秋の香りであり、その香りは愛しい人の香りだという流れですね。そこはかとない想いが伝わってきます。

朝顔の花

最後の朝顔の花は、今で言うところのアサガオとは異なります。当時は朝に咲いている美しい花のことをそう呼んだようで、朝顔・昼顔・ムクゲ・桔梗説がありましたが、最近の研究から桔梗だという説が主力となりました。桔梗はキキョウ科の多年草で、野や山の日当たりのいいところで見かけられます。花を鑑賞するほかに、古くから根を生薬として利用しています。


朝顔は朝露負ひて咲くといへど夕影にこそ咲きまさりけり ・・・ 万葉集 巻10 2104

臥いまろび恋ひは死ぬともいちしろく色には出でじ朝顔の花 ・・・ 万葉集 巻10 2274


桔梗の花や色の美しさを詠んだものが多いですね。桔梗の花の色である紫色は、奈良時代には高貴な色として、平安時代には優美な色として尊ばれていました。色に対しての思い入れというものも感じられます。

野山で秋の七草を見て秋の風情を感じよう

いかがでしたか?
行楽の秋、野山に出かけると秋の七草を比較的容易に見つけることができます。秋の七草は美しくもあり、古の人々が残した秋の七草を詠んだ歌からは侘びや寂びといった日本人独特の感性を加えた独特の世界観が感じ取れます。野山に出かけて現代に生きるあなたの感性も加えて秋の七草を楽しんでみませんか?