イングリッシュ・ガーデンを巡る旅~シシングハースト・カースル・ガーデンを訪ねて~ Vol.2

イギリスのみならず、世界各国のガーデニング愛好家が訪れる、シシングハースト・カースル・ガーデン。オープンされた当初からその人気は衰える事はありません。誰しもを魅了するガーデンのレポートをお届けします!

シシングハーストの特徴、周囲を取り囲む壁

イギリスの庭、と呼ばれているケント州に位置するシシングハースト・カースル・ガーデンは、ヴィタ・サックヴィル=ウェストと、その夫ハロルド・ニコルソンが30年近い年月をかけ、二人の創造力と情熱で造り上げたガーデンです。

シシングハースト・カースル・ガーデンを訪れると、他のガーデンでは見られない個性的な魅力に満ち溢れているのが分かります。

まず、構造的なデザインにおいては厳格であり、かつ素晴らしい才能を持っていたハロルドによる、壁と垣根による『ROOM』と呼ばれているエリアを分けたことがひとつ。

シシングハースト・カースル・ガーデンは全体ではとても大きな敷地ですが、これを壁と垣根を使って、ひとつずつを細かく分けているのが、上から見ると分かります。

この壁はもともとの建物に付随していたものではなく、ハロルドが手に入れられる事の出来た壁を使い、また垣根を用いて、シシングハーストの庭をテーマ毎に分けています。

ちなみにこの壁や垣根の構造は水平にはなっておらず、少し歪んだ長方形のかたちをしています。
ヴィタはトップコートヤードについて『お墓のかたちをしている』と書き残しています。

次々に壁を庭に設置したハロルドでしたが、最後に造られたローズガーデンの壁を最初、ヴィタは嫌っていたそうです。

この壁の事を、高過ぎる、尖り過ぎている、シシングハーストには形式ばっている、と書き残していますが、やがてヴィタはつる性のバラや植物を這わせてこの壁を美しく覆い、それがシシングハーストの個性とエレガントさの調和を生み出すようになりました。

ヴィタはガーデンに訪れた人々が、壁を覆った花を見て、感嘆しながらもこのような壁がある庭は他にないと嘆くのを聞くと、どんなに小さい庭であっても、全ての庭には必ず壁がある、何故なら庭には必ず家があり、どんな庭でもその家の4面の壁があるのだから、と言っています。

確かにシシングハーストのような、他に例を見ない壁を庭に造るのは不可能ですが、家の壁を使ったり、あるいは塀を使えば、ヴィタの壁に対して行った植栽法にもチャレンジ出来るような気がしてきます。

また、ヴィタはつる性の植物は植える場所もあまりとらず、隠したい納屋や塀や木なども美しく彩ってくれる素敵な性質を持っていると良い、つる性の植物の素晴らしさを褒めたたえていました。

シシングハーストに訪れた人は今もなお、ヴィタが愛したバラやクレマチスといった壁を覆う花々を見て、その美しさに魅了され続けています。

パープルボーダー

シシングハーストには幾つものテーマが異なる、それぞれが突出した魅力にあふれたガーデンがありますが、グラデーションカラーを見事に使いこなしたものが、パープルボーダーになります。

1933年にトップコートヤードの北側の壁が出来上がった時、ヴィタは紫を中心とした花を用いて、このパープルボーダーを造り出しました。

著名な文筆家、園芸家であるガートルード・ジェキルは、庭に植える花の中でも、紫色は非常に難しい色で、使い過ぎるのは避けた方が良いと書き残していますが、ヴィタは果敢にもその紫をメインカラーとしたボーダーにチャレンジしています。

ヴィタ曰く、このパープルボーダーは、紫というよりも実は青がテーマになっていると書き残しています。

ここに植えられた花の色は単色ではなく、紫に近い青、紫に近い赤、薄い紫や濃い紫など、カラースキームとグラデーション効果を使い、非常に見事なバランスを生み出しています。

ヴィタの残した美しいカラーの使い方は、庭造りの色彩に迷った時はきっとお手本となるに違いありません。

コテッジガーデン

1934~35年に造られたのが、コテッジガーデンになります。ここではその頃のガーデナーは敬遠する方向にあった、鮮やかな黄色やオレンジ、緋色や深い赤などを使い、陽の光を浴び輝くようなコテッジガーデンを造り上げています。

イメージはハロルドが以前滞在したメキシコで見た、夕焼けのような色をしたガーデン。ここにハロルドはまた垣根を用いて、色鮮やかな植物が映えるように、庭を区分けしています。

コテッジガーデンのすぐ横にある、サウスコテッジはハロルドのベッドルームと書斎があり、またヴィタのベッドルームもあり、そのハロルドの書斎から、またヴィタのベッドルームとバスルームからはこのコテッジガーデンを見る事が出来ました。

ハロルドはサウスコテッジから見下ろしたコテッジガーデンの風景が大好きだったそう。
ロンドンでの平日の仕事を終え、シシングハーストに滞在している時は、このサウスコテッジのドア近くにある椅子に座り、静かに庭を眺めていたと言われています。

そのハロルドが腰かけていた椅子はまだサウスコテッジのドアの前に置いてあり、たくさんの来場者の方たちが順番に腰かけていました。

ヴィヴィッドな色彩の植物をふんだんに使ったコテッジガーデンは、常日頃抱いていたコテッジガーデンのイメージを覆すほど。

また難しく思える色の組み合わせが見事で、オレンジや黄色はこのように使うのか、と驚く事も多く、嬉しい発見に満ち溢れたガーデンでした。

ホワイトガーデン

おそらくシシングハーストで最も有名なのは、ホワイトガーデンなのではないでしょうか。

ここは初め、ヴィタがこよなく愛し集めていたオールドローズが植えられていましたが、その数が増えるにつれ、今のローズガーデンへと移動し、そこへ白をメインとしたガーデンを造る事になります。

ヴィタはここは「ホワイトガーデン」ではなく、グレー、グリーン、ホワイトのガーデンと言っています。
またこのホワイトガーデンも、ハロルドの造り上げた垣根、壁が素晴らしい効果を発揮しています。

残念ながら滞在した頃はまだ花は満開とはなっていなかったのですが、それでもたくさんの白い花が出迎えてくれました。

庭のあちらこちらに植えられた、可愛らしい白いアリウムが素晴らしいアクセントとなり、夢の空間にいるような気持にさせてくれます。

植物の葉が持つさまざまなグリーンと、微妙な色彩の違い持つ、数々の白い花たちのコンビネーションが美しく、うっとりとするような眺めでした。

上の写真に見えるぺルゴラは、かつてヴィタやハロルドが食事をしたり、くつろいだりした場所だそうで、もう少しすれば、ここにはウィステリアが満開になるのだとか。

どれほど素晴らしい景色になるのだろう、と思わずにはいられません。花が満開の季節にここに座って時間を過ごす時間は、ヴィタやハロルドにとっても、きっと特別な時間だったでしょう。
必ずまたその季節に戻って来たいと思わせる、素敵なガーデンでした。

ヴィタの植栽テクニック

シシングハーストのガーデンは、一色のカラーだけでなく、またさまざまな植物を、ひとつのガーデンだけでなく、複数の庭で、見事に組み合わせたガーデンとして知られています。

そんな素晴らしい植栽のテクニックを持ち、色彩感覚がずば抜けていたヴィタでさえ、ガーデニングの難しいところは、ある植物と、違う他の植物を組み合わせるところだ、と言っています。
それを克服するには、常にガーデンを見渡し、歩き回り、ガーデンの様子をよくチェックする事、そして自分の庭に合わない、あるいは必要でないと感じた植物を取り除く勇気を持つ事、更に庭を客観的に見る事の出来る、冷静な目を持つ事が重要だと伝えています。

確かに新たに庭に迎えた花を、庭から排除してしまうのは難しく、勇気のいる事ですよね。
色々考えた末、自分で選び購入したのだから、丹精込めて育てたから、綺麗に花が咲いてくれたから、といった理由で、なかなか庭に植えた植物を取り除く事は出来ません。

しかしヴィタは、もし自分が選んだ花でも庭に合わないのであれば、それは取り除き、新たに何を植えるのかを考えなくてはいけないと言っています。

真のガーデナーはある種残酷でなくてはならないし、また未来の理想とすべきガーデンについて、常に想像力を働かせねばならないと。

ヴィタとハロルドはこのように書き残したとおり、自分たちが満足するまで、何度も植えては動かし、また植えて、といった作業を繰り返し、庭を更に洗練したものへと変えていったのです。

ヴィタとハロルドの共同作業

ハロルドが構造物を、ヴィタが植栽を、と無敵のチームワークで、シシングハーストを英国で最も有名なガーデンのひとつにした二人ですが、全く意見の相違がなかったのかと言えば、決してそうではないようです。

庭の主だったテーマに対しては、ほぼいつも同意して来た二人ですが、ハロルドは緻密な計算と、厳格なデザインを好んでいたので、ヴィタのロマンティックな植栽が彼の領域に入り込み、ハロルドが理想と思い描いていたデザインを侵食される事には、時々苛立ちを感じていたそうです。

ヴィタのロマンティック過ぎる植栽に悩まされた時でも、結局はハロルドはヴィタの意見に同意し、ヴィタの植栽法が常に勝利を収めています。

けれども、それがシシングハーストをこのように魅力あふれるガーデンにしたひとつの理由と言えるでしょう。

ヴィタは好き嫌いが非常に激しく情熱的で、自分の認めないものは絶対にガーデンに入れようとはしませんでした。

ヴィタはあるバラの品種について、どれほどそのバラが嫌いか書き記し、また絶対に自分のガーデンには入らせない! と、力強い言葉で書き残してあるほど。

またヴィタは新しいものや、虚飾に満ちた飾りやけばけばしいものも嫌いで、そのような類のものはシシングハーストでは一切見られません。

そのように情熱的で、自分の感覚を信じ、守り抜いて来たヴィタがいたからこそ、シシングハーストはいつの時代も流行に流される事なく、時の流れを止めたかのような魅力を常に保ち続けているのかもしれません。