イングリッシュガーデンを巡る旅 ~ ポールスデン・レイシー Vol.2 ~

莫大な遺産を父から受け継ぎ、夫からは英国王室を含む上流階級の人々とのコネクションを得たマギー・グレヴィル。のちに億万長者の未亡人となった彼女が過ごしたポールスデン・レイシーはナショナル・トラストの中でも人気の高い施設のひとつです。今回はこの広大の敷地の中にある庭園の魅力についてご紹介します!

ポールスデン・レイシーの庭園

ロンドンから列車で1時間弱という好立地にあるポールスデン・レイシーの敷地面積は、約1,400エーカー(約567万㎡、東京ドーム121個分)という、ちょっと想像することすら難しいほどの大きさです。

ショップ兼カフェがあるエントランスから邸宅までもかなりの距離があり、いったいどこまで歩くのだろうと考えているうちにようやくエドワード朝のお屋敷が見えてきます。

家の周囲はゆるやかな傾斜を描いていかにもイギリスらしいカントリーサイドの風景が取り囲んでおり、その景色に圧倒されながら西へ80メートルほど先に進んだ場所に庭園が配置されています。

広大な土地を持つポールスデン・レイシーの庭園はそれにふさわしく、約12ヘクタール(120万㎡、東京ドーム約2.6個分)という規模を誇ります。

イギリスの王室関係者を含む、各国の上流階級の人々をもてなす豪奢なパーティーの女主人になることを夢見ていたマギー・グレヴィル。

その野望を叶えた彼女の庭園は、このポールスデン・レイシーに滞在するゲストを喜ばせるため、そして感嘆させることが目的であったと言われており、造られたのはクラシカルな英国式庭園でした。

ロンドンからわずか40キロほどしか離れていないポールスデン・レイシーは抜群の立地であり、20世紀初頭には裕福な上流階級の人々の格好の遊び場であったのです。

その女主人であるマギー・グレヴィルは、彼女が夫とともにこの敷地を購入した1906年からエドワード朝の全盛期の時代を反映した優雅な庭園を造り始め、1914年には庭造りはほぼ完成していたと言われています。

ポールスデン・レイシーの土地は土壌が白亜質のために庭づくりは困難であったのですが、美しい庭園を作り上げるために、植物が成長しやすい肥沃な土に新たに入れ替え、また以前からあった庭の壁は植物を保護する格好の役目となったそう。

マギー・グレヴィルの死後、1942年よりナショナル・トラストの管理下に置かれたポールスデン・レイシーは、2008年から2009年にかけて新しい駐車場、カフェ、ショップなどが建設され、来場者のために多くの建物が改装されました。

2012年から2013年には約29万人の来場者が訪れており、ナショナル・トラストの最も訪問されたトップ10の施設に選ばれています。

ボーダーガーデン

約12ヘクタールの土地を存分に活用しているポールスデン・レイシーの庭園は、とてもシンプルなレイアウトをしています。

邸宅の西へ向かって位置する長方形のかたちをした広大な土地を幾つかに分け、そこは壁やヘッジでROOMと呼ばれる部屋に区切るという、古典的なデザインを用いています。

この長方形の庭園の南側に、ボーダーガーデンが位置しており、多くの来場者はこのエリアを最初のガーデンとして目にするのではないでしょうか。

そのボーダーガーデンを最初に見て驚いたのは、両サイドのボーダーの長さです。
それもそのはず、ポールスデン・レイシーのボーダーガーデンは英国の庭園の中でも最も長い距離を持つもののひとつとして知られており、およそ150メートルもの距離があるのです。

真ん中に砂利を使った歩道を作り、サイドに芝生、そしてボーダー用の花壇が配置されています。北側には壁を設け、どちらのサイドも奥行きをゆったりと取っています。

花壇には中低木やつる性の植物、そして場を引きしめる個性豊かなリーフを取り入れ、咲き誇る季節の花々を植栽していました。

リッチでスノッブ、というマギー・グレヴィルから想像するゴージャスな花々というよりも、野趣にあふれた素朴な植物が多かったのが印象に残っています。

南側のボーダーは、ナショナル・トラストの管理下となっていた第ニ次世界大戦中に、他の英国内の多くのガーデンがそうであったように、野菜を植えるための場所に変えられています。

その数年後からナショナル・トラストは人件費を削るためにこのエリアは芝を植えていましたが、2011年より修復が開始され、今では両サイドのボーダーを楽しめるようになっています。

壁のある北側のボーダーは、ナショナル・トラストのチーフ・ガーデン・アドバイザーであり、著名な作家、そして20世紀後半の最も影響力のあるガーデナーと言われていた、グラハム・スチュアート・トーマスが1973年に再設計しています。
このエリアにハッと人目を引くリーフが数多く植栽されているのは、彼のアイデアだったとか。なお、グラハム・スチュアート・トーマスはこのボーダー・ガーデンだけでなく、ポールスデン・レイシーの多くのエリアの修復に携わっています。

スプリング・ボーダー

ボーダーガーデンを通り過ぎ、右へと曲がるとスプリング・ボーダーへとたどり着きます。ここはポールスデン・レイシーで真っ先に春の訪れを感じられるように植栽されている場所。

残念ながら滞在した日は既に花の季節は終わってしまっていましたが、長い冬を超えた後に見える、花が咲きこぼれる風景はさぞかし素晴らしいものだろうと想像します。
このスプリング・ボーダーの先に、まるで絵本の中から抜け出てきたような、とても可愛らしい家が見えてきます。この家はもともとはヘッド・ガーデナーのための住まいだったそう。

摂政時代のスタイルを持つこの建物は20世紀初頭に修復され、今はホリデー・コテッジとして借りることができるようになっています。一番最後にサイトをご紹介しますので、ご興味のある方はぜひチェックしてみてくださいね。

キッチンガーデン

スプリング・ボーダーの先にある、もとはヘッド・ガーデナーの住まいだったという家のすぐ前に、キッチンガーデンが配置されています。

ゲストも多く大勢のスタッフを抱えていた大邸宅にふさわしく、ポールスデン・レイシーではキッチンガーデンにはかなりの大きさを割いています。
現在もここではたくさんの野菜が育てられており、それらは敷地内にあるカフェで提供されているそう。

また、同じエリアにカット・フラワーガーデンもあり、そこにはカラフルで野趣あふれるたくさんの花々が植えられています。
これらの花々は今もポールスデン・レイシーの邸宅内に飾られ、今もなお来場者の人々を喜ばせています。

実を言えば、マギー・グレヴィルのゴージャス至上主義とでもいうような、上流社会の人々や風習を好む性格を聞くと、どんなにきらびやかで華美な庭園なのだろう?という想いがありました。

しかし庭園を散策するうちに、ボーダーガーデンも、そしてこのキッチンガーデンもとてもナチュラルな優しい雰囲気に満ちているのに驚かされました。

周囲を森林に囲まれた自然の風合いにあふれたガーデンを見ると、犬を愛するマギー・グレヴィルの優しい気持ちがここにも反映されているように思われます。

コールドフレーム・ヤード

キッチンガーデンのすぐ隣のエリアにあるのが、大きなコールドフレームの置かれたエリアです。天候があまり良いとは言えず、また冬の寒さが厳しい英国では、翌年の苗を育てたり、果実や野菜を育てるのに欠かせないコールドフレーム。

キッチンガーデンの大きさと比例するように、ポールスデン・レイシーではなかなかの大きさのコールドフレームを活用していました。マギー・グレヴィルはここに滞在したゲストを喜ばせるために、苺を育てていたそう。

また、家の中で使う香りとしてスミレを育てており、ポールスデン・レイシー、そして彼女のロンドンにあるメイフェアの自宅の両方で、このコールドフレームで育てた花や食材を使っていたそうです。

ラベンダー・ガーデン

キッチンガーデンやコールドフレーム・ヤードの南側に位置しているのが、ラベンダー・ガーデンになります。

こちらはパルテール式のレイアウトとなっている、とてもエレガントでクラシカルなガーデン。ラベンダーとタイムが織りなすコンビネーションは、1970年代にグラハム・スチュアート・トーマスが新たにデザインしたものだそう。

周囲は垣根と壁に囲まれ、しんとした静けさの中でラベンダーとタイムのかぐわしい香りを堪能することができます。

このエリアの中央に配置されているのは、「ダンシング・ファウヌス」と呼ばれる石像です。家畜や森を守る古代イタリアの神格の石像はまさにこの場所にぴったりの印象でした。

ローズガーデン

ポールスデン・レイシーの庭園の中でも最も有名なエリアがこのローズガーデンになります。エドワード朝の壁に囲まれたローズガーデンは、パーゴラに100以上のバラを、そして中央の花壇にはハイブリッドティー、フロリバンダ、ハイブリッドムスクを含む、約50種類の品種が使われているんだそう。

残念なことに滞在したときは既に初夏のバラの季節は終わり、夏の開花時のスタートであったため、満開の姿を眺めることはできませんでした。

この広いローズガーデンにバラが咲き誇る光景はとても優雅なものだろうと想像します。ポールスデン・レイシーに滞在される方は、ぜひバラが花開く季節に行くことを強くおすすめします!

このローズガーデンは4つに区切られており、当時英国で高い人気を誇っていたJ. Cheal and Sonという造園会社が設計を担っています。

ローズガーデン内に存在する、とても印象的なパーゴラには栗の木を使っており、エドワード朝のアーツ&クラフツのスタイルと言われています。

周囲を囲むエレガントな花壇は、やはりグラハム・スチュアート・トーマスが1970年代と1980年代に植栽を手掛けています。

実はこの場所は、マギー・グレヴィルが移り住む以前はキッチンガーデンであったそう。なぜ彼女がキッチンガーデンを西へと移し、ここをローズガーデンに変えたのかは諸説があるそうです。

ひとつは邸宅からほど近いこの場所がキッチンガーデンだと、滞在したゲストの歓心を得ることができなかったためではないかということ。野菜や果物が生るガーデンでは、王室を含む上流階級の人々を感動させることはできないからだという理由です。

また、彼女はこのポールスデン・レイシーで数多くのパーティーを催し、それに対応するために多くのスタッフを雇っていました。

以前この場所にあったキッチンガーデンではこれらの人々に提供できる植物を栽培するには小さすぎたからではないか、というのが、もうひとつの理由として考えられています。

どちらの推察も、マギー・グレヴィルのポールスデン・レイシーでの豪奢な暮らしが垣間見えるものではないでしょうか。

一見、他人の歓心を得るためだけに庭園を造ったような逸話が多く、あまりガーデナーとしては惹かれないマギー・グレヴィルですが、実はとてもガーデニングに興味を持っていたそうです。彼女の出品する農作物は何度も地元の園芸協議会で賞をとったこともあるのです。

もちろん、当時は40~50人ほどの庭師を雇っていたというマギー・グレヴィル自身がガーデニングをすることはなかったと思いますが、彼女が永遠の眠りについたお墓がこのローズガーデンのすぐ横にあることは、やはりこの庭園をとても愛していたのではないかと思えるのです。

レディース・ガーデン

邸宅から一番近い場所、そしてローズガーデンのすぐ隣に位置しているのが、レディース・ガーデンです。ここにはこのポールスデン・レイシーの最後の女主人であるマギー・グレヴィルのお墓があります。

このように敷地内にお墓があるのはとても珍しいことのようで、私も数々の庭園に滞在しましたが庭園内にその持ち主のお墓があるのを見たことは今までに一度もありません。

しかしマギー・グレヴィルは非常に個性的な女性で、おそらく他の人の意見や過去の慣習などに囚われる人ではなかったのでしょう。

この広く、優雅なエリアの中で彼女は安らかに眠りについています。彼女のお墓の前には花壇があり、そこには彼女の名前がついたバラが植えられています。

そしてこのレディース・ガーデンの東側には、ペット・セメタリ―があります。その場所には彼女が愛してやまなかった、17匹の犬たちが眠っています。

そこには一匹ずつ、それぞれの犬たちの名前が刻まれた17の墓石があり、どれだけ彼女が犬たちを大切に思ってきたかが分かります。

周囲の人々からはスノッブ、毒舌などの陰口もあったマギー・グレヴィルですが、きっと今はバラに囲まれた静かな場所で、可愛がってきた犬たちと平穏な時間を過ごしているのではないでしょうか。

ポールスデン・レイシーへ行ってみよう!

ロンドンからも近く、気軽に日帰りで滞在できる場所であるポールスデン・レイシー。今回はご紹介しきれませんでしたが、彼女の趣味をたっぷりとそそぎ込んだ贅沢な邸宅内部も必見です。

広大な敷地を散策したりピクニックを楽しんだり、充実したショップやカフェなど、もりだくさんの楽しみがあるポールスデン・レイシー。そしてナチュラルな風合いに満ちたガーデンに滞在してみませんか?そのときはぜひ、バラの季節をおすすめします。

ご紹介したように、庭園も含めとても大きな場所なので、きつめのスケジュールだと時間が足りなくなってしまうことも。滞在するには充分な時間を取ってくださいね。

ポールスデン・レイシーへの行き方

ポールスデン・レイシーへ行くには、ロンドンからだと列車、そしてタクシーでの移動となります。
ロンドンはウォータールー駅、もしくはヴィクトリア駅から乗車し、Dorkingドーキング駅で下車します。乗り換えなしで約50分前後かかります。

Dorking ドーキング駅にはタクシー乗り場がありますので、運転手さんに行き先を告げてください。
ポールスデン・レイシーのエントランスにタクシー乗り場があるのですが、まったくタクシーが見当たらない時もありますので、復路は予約をしておいた方が無難です。

往路の運転手さんに時間と場所を指定して迎えを頼むか、あるいはその運転手さんのタクシー会社の電話番号を聞いておいて、電話で予約を入れるようにしましょう。

また、ポールスデン・レイシー内にあるコテッジに泊まってみたい!という方は下記のウェブサイトをご参照ください。もとはヘッド・ガーデナーの住居であったコテッジを、現在ではナショナル・トラストが管理しています。

ナチュラルなキッチンガーデン、そしてカット・フラワーガーデンが目の前にあるという抜群のロケーションで、可愛らしい外見とともに内部のインテリアもとても魅力的です!
ポールスデン・レイシーに滞在されるときの、オープン時間や入場料などの詳しい情報は下記のウェブサイトをご参照くださいね。