イングリッシュガーデンを巡る旅 ~ヒドコート・マナー・ガーデン Vol.3 ~

裕福なアメリカ人、ローレンス・ジョンストンが一代で造りあげた著名なイングリッシュガーデンのひとつであるヒドコート・マナー・ガーデン。世界中のガーデン・ファンが愛してやまないその庭園の魅力とはいったいどのようなものなのでしょうか。今回は庭園の中に存在する数多くの『ROOM』のレポートをお届けします!

エントランスから始まるガーデンの旅

一度滞在したら忘れられない印象を心に刻む場所であるヒドコート・マナー・ガーデン。その魅力は語りつくせないほどありますが、創造主のローレンス・ジョンストンの住んでいた邸宅とその周囲の風景もそのひとつと言えるでしょう。

この庭園に訪れた人々は、駐車場からチケット売り場を抜け、この敷地のエントランスに入った瞬間から、前方に広がる景色に心を奪われてしまうのではないでしょうか。

正面には全体を眺めることのできる趣きのあるマナーハウス、そして左手には小さいサイズながらも非常にエレガントな礼拝堂が見えます。

この礼拝堂は元は納屋だった建物を、母の願いでカソリックに改宗したジョンストンがのちに礼拝堂に改装したものになります。

裕福な農家の住まいであった母屋であるマナーハウスを母とともに暮らせるよう改装したジョンストン。

彼は入り口にあるこの中庭に砂利を敷き詰め、つる性の植物を用いて建物に這わせて、建物全体をやわらかな印象で包み込んでいます。

ローレンス・ジョンストンと母ガートルード・ウィンスロップが暮らした、この優雅な邸宅と中庭を見ただけで、どんなガーデンがこの先に存在するのだろう?と大きな期待が広がるのです。

イースト・コート・ガーデン

礼拝堂を通り過ぎ、マナーハウスの脇にある小道を歩くと、コンパクトなサイズの最初の庭にたどり着きます。

建物のサイドに造られたこの庭はイースト・コート・ガーデンと呼ばれ、ローレンス・ジョンストンが造った最初の庭のひとつと言われています。

低いボックスヘッジで縁取られた花壇の中は、シルバーと淡い紫を基調に、さまざまなトーンのグリーンと合わせてカラーリングされています。

石畳でできた小道で周囲は囲まれ、小さいながらもフォーマルな気品が漂う、とても洗練された庭園です。

このように小ぶりなサイズの庭も含め、広い庭園の中にいくつも『ROOM』と呼ばれる庭を造り上げているのがヒドコート・マナー・ガーデンの魅力のひとつと言えるでしょう。

このイースト・コート・ガーデンはナショナル・トラストの管理下の時代にレイアウトや植栽が変更されましたが、2006~2007年に元の庭へと再び修復されています。

オールド・ガーデン

1907年にヒドコート・マナー・ガーデンの邸宅と敷地を購入したローレンス・ジョンストンは、1914年に第一次世界大戦のためにヒドコートを離れるまで、敷地の南側の庭造りを行っています。

数多くの『ROOM』を持つ南側のガーデンのうち、マナーハウスに近いエリアに造られたオールド・ガーデン。こうしてみると、邸宅も景色を彩るひとつになっているのが分かります。

庭を取り囲むレンガの壁につる性や背丈のある植物を合わせ、石畳の小道を歩きながら季節の花々を楽しめるレイアウトとなっているオールド・ガーデン。

滞在する季節によって変わる花々を楽しむことができ、またナチュラル感に満ちた植栽で、訪れる人々をノスタルジックな気持ちにさせてくれる場所と言えるでしょう。

ホワイト・ガーデン

ホワイト・ガーデンはその名のとおり季節によって姿を変えるさまざまな白い花と、そしてみずみずしいグリーンのコントラストを楽しめるエリアです。

1910年に完成したというこのエリアは、以前はフロックス・ガーデンと呼ばれていたそう。1915年に撮影された写真から、白や紫、ブルーのフロックスや淡い青系統のパンジーが植えられていたことが分かっています。

このガーデンがいつホワイト・ガーデンと呼ばれるようになったのかは不明とされていますが、なかなかの大きさを持つ庭です。

この場所は垣根で壁を造り、その内部に小さな垣根やトピアリーを用いていることで、『ROOM』の中にさらに『ROOM』があるように見える効果を発揮しています。

このエリアはフォーマルなレイアウトを取りながらも、印象はとても素朴でナチュラルな雰囲気に満ちています。

オールド・ガーデンとともに、ジョンストンが庭造りの初めのころに、どのような庭園を理想として描いたのかを、想像できる場所なのではないでしょうか。

メープル・ガーデン

こちらのエリアは日本のイロハモミジからその名が付いたという、メープル・ガーデンになります。

庭の周囲を垣根で取り囲んだ『ROOM』の中には、レンガで造られた高さのある花壇と、地面と同じ高さに造られた花壇とというレイアウトからできています。

通常の庭よりも低めの視点を意識したこの『ROOM』は、色彩が非常にヴィヴィットなのが特徴的でした。

今でこそイロハモミジは英国の一般家庭の庭でもよく見かける植物となりましたが、ジョンストンの時代には異国情緒たっぷりで、オリエンタルな雰囲気をつくり上げてくれたのではないでしょうか。

今回ヒドコート・マナー・ガーデンに滞在したのは8月で、オレンジ・シルバー・グリーンを使ったあざやかな色彩が特徴でしたが、このエリアはシーズンによって植栽が変わるそう。

春や初夏はどのようなカラーリングになるのかも気になるところで、次回の訪問の楽しみのひとつとなりました。

フューシャ・ガーデン

数多く点在するヒドコート・マナー・ガーデンの『ROOM』の中でも、とても印象に残っているのがフューシャ・ガーデンです。

ひと目見たら忘れられないほど可憐で、また色彩のグラデーションが美しいこの庭は、ジョンストンの庭造りがスタートした時代の1910年ごろに完成したと言われています。

レンガの壁に囲まれ、垣根で区切られたこの空間は、中央の丸いかたちをした花壇の周りを、さらに4つの花壇が取り囲むようにレイアウトされており、フォーマルなパルテールガーデンとしてデザインされています。

ここはメープル・ガーデンと同じく花壇が地上と同じ高さになっているのが特徴で、歩きながらフューシャの美しいカラーを堪能できるエリア。

レンガの持つ微妙な色合いとフューシャの赤からピンクのトーンがエレガントにとけ合う、とても優雅でロマンティックな『ROOM』となっています。

プール・ガーデン

フューシャ・ガーデンから続く場所に造られているのがプール・ガーデンです。今は垣根の壁で囲まれたこの噴水のある場所は、かつては泳ぐためのプールとして使われていました。

ローレンス・ジョンストンとガーデンを通じて友人となった、ヒドコート・マナー・ガーデンのすぐそばにあるキフツゲート・コート・ガーデンズの創造主、ミューア夫人の娘たちがここで遊ぶこともあったそうです。

このプールはヒドコート・マナー・ガーデンの初期の時代に造られていましたが、1921年にデザインは簡素化され、1930年までに現在見られるようなイルカと少年の噴水が設置されました。

フューシャ・ガーデンとプール・ガーデンを結ぶ入り口にあるのは、鳥のフォルムをしたトピアリー。

2匹の小鳥がささやき合うような風情はとても愛らしく、まるで絵本の中から抜け出てきたようなその姿は、この幻想的なふたつのガーデンを結び付けるのにぴったりでした。

ミセス・ウィンスロップ・ガーデン

華やかなイエローカラーとさわやかなブルーがミックスされたこのエリアは、ミセス・ウィンスロップ・ガーデンと名付けられています。

ここはジョンストンが母親であるガートルード・ウィンスロップのために造った庭で、彼女が椅子に座って庭を眺めるときに心地良いように、庭園の中でも日当たりの良い、あたたかなエリアに造られています。

影響力、そして支配力が強い母と呼ばれ、また初めは息子の庭造りにあまり賛成ではなかったガートルードですが、こんな素敵な庭をプレゼントされるのはとても嬉しかったのではないでしょうか。

また、黄色はガートルードが一番好きな色であったようで、そのカラーをメインとしていることから、ジョンストンの母への愛情がふんだんに感じられるエリアとなっています。

ご覧のように、ジョンストンはメインカラーの黄色に、ブルーを組み合わせてこのエリアを植栽しています。

黄色と青色は反対色ですから、通常この2色を庭に使うとメリハリの利いたコントラストが生まれるのですが、ジョンストンの選んだ淡い色彩の組み合わせは庭をおだやかに、そして優しい印象に仕上げています。

レイアウトやデザインはもちろんのこと、ジョンストンの優れた色彩感覚が良く分かるエリアとなっています。

レッド・ボーダー

ヒドコート・マナー・ガーデンの中でもインパクトのあるカラーリングで、忘れられないエリアのひとつとなるのがレッド・ボーダーです。

1910年から1914年のあいだに造られたこのボーダーは、もともとは『スカーレット・ボーダー』と呼ばれており、緋色をメインとしたカラーリングだったそう。

その時代の著名なガーデンデザイナーであったラッセル・ぺージは、1934年に発表した彼の記事の中で、『ほとんどすべての植物は、夏を思わせる赤とオレンジの色彩でまとめられている』とレッド・ボーダーについて書き残しています。

ラッセル・ページの残した文章から想像すると、かつてこのエリアは明るい印象を持つボーダーであったのかもしれません。

現在ではオレンジや青みがかったピンク、ワインレッドなど、大人の雰囲気のあるダークな色調が特徴的で、さまざまな色彩をバランス良く取り入れつつ、随所にフォルムの際立つリーフを使って、シックでありながらもダイナミックな印象に仕上げています。

ハッとひと目を惹く華やかな色彩で、あでやかでありながらも上品さを失わないレッド・ボーダーの植栽とカラーリングのテクニック。

ひとつのカラーをメインとした庭造りを目指すガーデナーの方には、ぜひじっくりと見て頂きたいエリアのひとつです。

ガゼボとロング・ウォーク

レッド・ボーダーの中央に植えられた芝生を歩いて行くと階段にぶつかり、ここを昇ると1914年に造られたふたつのガゼボに辿り着きます。

左右対称に造られたこのふたつのガゼボですが、内部はまったく異なる内装が施されています。

北側に配置されたガゼボの内部には、花や船の模様が描かれたタイルが貼られています。味わい深いアンティークのタイルの絵柄は、見ているだけで心がほんのりとあたたかくなるものばかりでした。

南側のガゼボは南に向かって長い芝生が続くロング・ウォークへの入り口です。ここからの眺めはヒドコート・マナー・ガーデンを代表するものと言えるでしょう。

どこまでも続くかのように見えるみずみずしい芝生、数々の『ROOM』の存在を感じさせる長い垣根、そして道の向こうに広がる空。

このエリアはローレンス・ジョンストンが造り上げた庭園と、コッツウォルズの自然が一体化している風景を堪能することができる場所となっています。

ピラー・ガーデン

柱のガーデンと名付けられたこのエリアは、ジョンストンが第一次世界大戦を終えてヒドコート・マナー・ガーデンに戻って来たのちの1923年に造られています。

柱のかたちを施されたブナのトピアリーが芝生の周囲を取り囲み、垣根、花壇とミックスされたこの『ROOM』。

高さのあるトピアリーは幅がタイトに植栽されており、低い花壇と芝生の組み合わせがまるで教会の回廊のようなイメージで、不思議な印象を与える空間となっています。

プラント・ハウス

自らもアフリカや中国へと出かけ、植物採集に並々ならぬ情熱を注いでいたローレンス・ジョンストン。

数多くの珍しい植物を英国に持ち込んだジョンストンが、傷みやすく繊細な植物たちを保護する目的で建てられたのがプラント・ハウスです。

こちらのプラント・ハウスは1950年代に起きた台風のために一旦使用が廃止され、のちの2006年に再建されたものになります。

このプラント・ハウスには夏の間は取り外すことができるガラスが付いていたそうで、現在も開放的で優美な姿と、咲き誇るさまざまな品種の植物を眺めることができます。

プラント・ハウスの正面には、スイレンの花が咲くリリー・プールが配置されています。周囲は木々で取り囲まれて、とても落ち着いた雰囲気です。

プラント・ハウスとリリー・プール、異なるふたつの風景が織りなすコントラストを楽しめるエリアとなっています。

異なる『ROOM』を堪能できるヒドコート・マナー・ガーデン

一代で造り上げたとは思えないほど完成度が高く、際立ったレイアウトと植栽でその名を後世に残すヒドコート・マナー・ガーデン。広い敷地の中に存在する、たくさんの異なる表情を持つ『ROOM』を存分に楽しめる場所となっています。

ジョンストンが造り上げたそれぞれの『ROOM』の数はおよそ28もあると言われ、残念ながら今回ここではご紹介しきれなかったエリアがまだまだたくさんあります。

ひとつひとつがどれも印象的で見どころもたくさん!滞在する際にはぜひじっくりと時間をかけて見て頂きたい場所です。

傑出した才能で自らの理想の庭をこの地に生み出したローレンス・ジョンストン。裕福で孤独なアメリカ人と言われた彼が造り出したこの庭園はナショナル・トラストの管理下で一度その姿を変え、再びかつての庭に戻りました。

人生のすべての情熱をそそぎ込み、ガーデニングを愛してやまなかったジョンストンが造り上げたヒドコート・マナー・ガーデンへぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。きっと彼の努力と才能、そしてガーデニングへの深い愛情を感じられるに違いありません。

ヒドコート・マナー・ガーデンへの行き方

多くの英国の庭園と同じく、ヒドコート・マナー・ガーデンへは車での移動が最も楽な方法となりますが、もし交通公共機関を利用するのであれば列車での移動となります。

ヒドコート・マナー・ガーデンの最寄り駅は Honeybourne 駅で、ロンドンはパディントン駅から乗り換えなしで片道約1時間50分ほどかかります。

駅から庭園まではおよそ4.5マイル、約7.2キロとなります。なお、駅にはタクシー乗り場はありませんので、必ず往復のタクシーを予約しておくようにしましょう。

また、ヒドコート・マナー・ガーデンは同じようにその名を知られているキフツゲート・コート・ガーデンズととても近く、歩いて5分ほどで到着できる場所。ぜひふたつのガーデンに滞在してみてくださいね。

入場料金や時間など、詳しい情報は下記のウェブサイトをご参照ください。